利己的な号哭

「大阪で何してるの?楽しいの?」

3年前に18離れた従妹に聞かれたときに、

「それなりに楽しいよ。沢山の人がいるから面倒なことも多いし、お金はないけどね!」

と自嘲的に言ったことを憶えている。

私が地元を離れる数年前に生まれた従妹とは、離れていたこともあって特に話もあまりしなかったし、思い出も特にない。数年単位で会う度に小学生、中学生とどんどん成長することに驚かされていた。

3年前に会った時には、地元の高校を中退して大検を受けて違う土地で暮らしたい、と言っていた。周りは「まともに高校を出てないのにそんなことはできない」とか「勉強ができても何もうまくいかないよ」とか言っていたが、「人それぞれ向き不向きはあるから自分で決めたらいいんじゃん?知らない土地で笧なく新しい自分を見つけることに憧れを持つことは、自分で選択をすることだから自分次第だと思う」くらい言っていた気がする。それくらいしか、思い出はない。

そんな彼女が7月の終わりに自死した。 19歳だった。 

外に出たかったんだと思うが、結局、自死を選んだ。

辛いとか、悲しいとか、そう言うのはよくわからなかった。寧ろあんなに小さかった子が、自死を選ぶ自我を持ったんだ、と、不思議に思った。なのに、どうしてか、喪失感がある。雪の降らない土地で生まれ育ったから、降り積もる雪を見ないままだったんだろうと思うと胸を刺す痛みがある。

 地元の話をすると、海がきれいでしょとか、温暖で羨ましいとか言われるが、そんな素晴らしいものがあっても彼女は癒されなかったんだろう。

 

昔、会うたびに「なんか、面白いことない?」と聞いてくる知人がいた。

何か満たされないような感覚があるからか、そんなことを言っていたんだと思うが、遊んでいてもそんなことを言っていた。多分暇つぶしを与えられることでしかできなかったんだろうと思う。会うたびにだんだんと、こちらも面白くなくなってきて疎遠になった。生きて死ぬだけの人生なんて嫌だと言いながら、暇をもてあましている、そんな贅沢を見ているようだった。

 

「はよ死にたいわ」が口癖の友人がことあるたびに、何か成果を残したがる姿を見れば見るほど強い生への執着を感じた。そんな友人が冬の鍋をつつきながら「あー、いま死んでもいいわー」と漏らすから同じ死という言葉でもニュアンスが違うんだなと改めて思う。

 

従妹が自死した日に、友人と前々から約束していた「死について考える会」をした。約束をしていたとは言え、このタイミングでやるのか、と内心思った。地元に帰る飛行機はもうない。その日は、自分の予定を淡々と過ごすだけだから、なんら変わらない日のはずなのに、かなり動揺していた。感情的にならないように注力していたが、どうだったかはわからない。死やそれにまつわる出来事への捉え方を語りながら、内心(お前は本当にそんな生き方しているのか?)と何度も自問自答した。大事な誰かの尊厳を守りたいと思いながら、本当にそんなことが出来ているんだろうか。従妹の死よりも自分の生き方を憂いているようで、そんな自分もなかなか、荒誕だなと、利己的な自分に安堵した。

 

しばらく考えないようにしていても、ふと、もっと話せば良かったとか、そんなことが頭をよぎる。眼下全面に咲き乱れる桜の景色や、スラムのような雑然としたバラック街とか、輝くような夜いっぱいのネオンの看板や、電車の窓から見える落ち葉の流れる河を見せてあげれば違ったんじゃないかとか、目標も夢もなくてもそれで良いじゃんかと伝えれば良かったとか、そんなことを思う。

 

ゴミみたいな部屋で号哭しながら、あの子の自由のメンターが自分で無かったことに悔しがっているみたいな、神様になり損なった、人間様になり損なったくだらない人生を生きるんだろう。