忘れられない夜を身代わりに

古い知人が亡くなった。自死だそうだ。

彼の死を知ったのは友人たちが調べて分かったことだった。沢山の困難と、苦悩を抱えてひっそりと誰にも言わずに逝った。

 

僕は初めて会った日の彼をよく覚えている。学校の後輩で、ヤンチャで危なっかしい人だった。

多分僕は彼が嫌いだったと思う。何度もセックスをしてもどこか心ここに在らずな態度が気に入らなかった。なのにどうしてか何度も会っては体を重ねていた。何度目かの夜に「一緒にやらない?」と薬を目の前に出されたことがあった。アレルギー体質な自分は酷いことになりそうだからと断った。その時なぜだか寂しそうな顔をされたのを憶えている。その一件から会わなくなった。連絡もしなくなった。彼との関係は誰にも言わなかったから、話さなくなっても誰も気にすることはなかったと思う。

 

彼が亡くなる何ヶ月か前に偶然に道端で見かけた。お互いに気が付いていたが言葉も交わさずに目線だけ合わせて終わった。あの時声をかけていたら、彼は死ななかったのかとか、薬を誘われた時に詳しく話を聞けば何かが変わったのかと考えたが、僕の言葉が届いたか何てわからない。自分の非力さよりも、死ぬことよりマシな解決策があったの選べなかったのかと、彼を思い出しては憤る。茹だるような雨の湿気の中で不敵に笑う、何かを諦めたような顔が嫌いだった。いつも乾いた目で危なげなことを口走るのが嫌いだった。もしかしたら救いたかったのかもしれない。できもしないことを思うほどに、肌は合っていたのかもしれない。本当は少し好きだったのかもしれないから、こんなに苛つくんだろう。なんで苦しいって言わなかったんだって。

 

 

 

最近のある時、若い子が僕に跨って楽しそうに笑っていた。「なんでそんなに嬉しそうなん?」って聞いたら『可愛いから』と返してきた。「おじさんを揶揄うなよ」と言うと『えーw本当なのに!』と不貞腐れた。嬉しそうに笑うから恥ずかしくなって、どんな顔をすればいいのかわからないままその背をなぞった。可愛いのはお前の方だよと言えないまま過ぎた夜が忘れられない。あぁ、これはトラウマじゃないけどロマンチックに溺れそうだと思った。忘れらない夜になりそうだ。

 

 

 

忘れられない夜があって、言えない言葉がある。情けないくらい意気地のない僕は勇気がない。あぁ、生きててくれたら少し話そうよと言えるのに、そんな後悔をするくらい情けない。忘れられない夜を身代わりにするくらいなら、今夜、ちゃんと伝えたい。