耳を塞いで暗闇をゆく

子供の頃はとても怖がりだった。運動神経が悪いことも、街頭のない田舎に生まれ育ったことも起因すると思うけれど、得体の知れない何かがこの世に渦巻いていてそれらにとって食われることが純粋に怖かったんだと思う。

 

「そろそろ俺は引退しようと思うから帰ってきてくれないか」と父に言われた。私は畜産農家で、漁師の家系で長男だ。私には全くと言っていいほど農業の才能がないと思っているし、だからこそその道の勉学を選ばなかった。畜産も向いていない。日々のルーティーンが決まっていて、毎日同じことをすること自体は苦ではないが、なんしか集中力と注意力が私は甘い。そのため幼少から多数の怪我を負っているし、命の危険だけでなく、失明や神経切断の危機にあってはなんとか運良く逃れただけだ。そもそも生き物の命を預かるなんてできない。そんなことを何度伝えても、理解してもらえず「長男はそういうものだから」と言われ続けた。多分、姉が亡くなっているのもあるだろう。

 

家を継ぎたくない、と言えばただの我儘に聞こえるだろうが、家を継ぐことは家庭を持ち、子供を産み育てることもついてくるだろう。ヘテロセクシュアルであればなんとも思わなかっただろう。私はゲイで、子供を養うと言うこと今のところしていない。現代であれば多少は可能だろうが、私にはそんな巡り合わせもなければ、財力もない。ないものを数えればキリがないが、たんに私がそれを選ばなかったのだ。女性と婚姻を持つ話は何度もあったがその都度逃げてきたし、子供を育てる勇気はなかった。ただの軟弱だと言われれば、それまでだが私は選ばなかったのだ。その子をまた家を継がせるという選択を迫りたくないというのもある。が、本心はただただその重荷を背負いたくないだけだ。

 

遠く離れた故郷にあまり帰らないことをよく聞かれる。「ここ都会よりも澄んだ空気でいいところでしょ?」「海も綺麗で幸せじゃない?」何百、何千回と聞いた。その度誤魔化してきたが、あんな田舎には帰りたくないと思っている。台風が来れば物流のとまるような場所。夜になれば誰1人歩いてない道で叫びたくなるほどの静寂に気が狂うのも嫌だ。

 

昔、母親にゲイであることを打ち明けたことがある。すると母は包丁を持ち出して「あんたを殺して私も死ぬ!!!産み直す!!!」と言って包丁を投げつけてきた。ムカつきすぎて「だったら1人で死ねや!」と叫びながらベッドのマットレスを投げつけたことがある。その場はそれでおさまったが母は数日で白髪が増え、私をユタや霊媒師と名乗る人たちのところに連れまわした。しまいには多重人格とまで疑いだした。そんな家にはあまりいたくはない。そして、カミングアウトはするべきだという人たちに私は納得はできない。

 

今、母との関係が悪い訳ではないが私は家を破産させたいばかりに金の無心をすることがあった。時には嘘をつき奪ったこともあった。しかし、それでも愛想を尽かさない様に苛立つこともある。そして、もっと巨額な金額を要求して本当に破産するレベルで巻き上げればいいのにそれをしない自分自身にも腹が立つ。育ててくれた恩を忘れたか、と言われるが自分たちの利益のためだけに育てられたんじゃないかと暗鬼になることもある。

愛があるからそれができないんでしょ?という人がいるが、私は言うだろう。あなたはなんてロマンチストなんでしょう?これはただの共依存の家族であって、愛なんてもんじゃない。と。

 

さて、これからどんな人生を歩くべきか。

自分の生きたい道などわからないし、それを選べる能力さえ疑わしい。万策尽きているのは甘さや故ではないかと苛まれる。誰か助けてくれよと泣き叫んだこともあったが、そんなのは無意味ない。

耳を塞ぎ暗闇を歩いて行くのか、自死しかないのか、それはわからない。