中学に上がった初夏。
眩しい日差しの中、自転車で町の方にある友人の向かった。生まれ育った島は人口5000人程度。大阪の環状線とほぼ同じ大きさの島だ。町と言ってもスーパーが2件、ホームセンター1件、文房具本屋があるだけで、あとは観光業のお土産屋ばかりの町。昔は観光客がたくさん来て賑わっていたから「銀座通り」なんて名前にしてたけれど、子供の頃には観光客より、地元の人たちの方が多い通りだった。その通りで観光ホテルを営なむ友人の家に向かっていた。友人は風邪で休んでいたため、クラス委員の僕が学校のプリントを届けることになった。友人の家までは自転車で20分ほどかかった。夏の日差しが肌を焼き、汗で濡れた服が背中にピッタリくっついていた。海が見える坂を曲がり、銀座通りを抜け、友人宅であるホテルに着いた。
ホテルロビーの受付に向かい、友人の母にプリントを渡し、様子を聞いてから帰路に向かう。
海を飛ぶ妄想をしながら、自転車を走らせていた。当時、きらめく波間を越えて、どこか誰も知らない遠くの街へ行くことに焦がれていた。
近道をしようと細道に入り、細道の急な登り坂を、自転車を押して進もうと、坂の下にある電話ボックスの前で自転車を降りた。その瞬間、後ろから女の人に声をかけられた。
「×××くん!」
驚いて振り返ると、バイクに跨った女子高生がいた。一瞬、誰かわからなかった。どこかであったような気もするが、どこで会ったんだろうかと思っていたら。
「〇〇(件の友人)の姉ちゃんだよ!」
まるで心の中を覗かれてるように言われて驚いた。
そういえば友人には高校生の姉がいたなーと思いながら
『こんにちはー。』と僕は挨拶した。
「×××くん、元気ね?」
目の前の女子高生は人懐っこく笑いながら問いかけてきた。内心(元気じゃない日ってあるのかなー?元気じゃない日は家にいると思うけど…)と思った。大人になれば元気じゃなくても外に出て働く時もある。いつも気持ちはニュートラルでいることの方が多いし、多分、それを元気というのだろう。今思えばただの社交辞令だ。
『はい…。さっき、〇〇にプリント持って行きましたよー。早く元気になって欲しいね。』
年上のよく知らない女子高生から声かけられて緊張しているせいか、より一層汗をかいてたと思う。
「暑いのに、ごめんねー。〇〇もうすぐ元気になるからさー。×××くんはどこ小なんだっけ?」
『△△ですー。』
島には小学校は3つしかない。中学高校はひとつづつしかなく、殆ど皆んなが18歳まで島で過ごす。皆、知り合い。そんな島だ。
「あー!そうねー!△△なら、⬜︎⬜︎⬜︎のこと、知ってるね?」
⬜︎⬜︎⬜︎は同じ集落の幼馴染の兄貴分だった。何度か家に遊びにいったことのある人だった。
『うん、知ってるよー。⬜︎⬜︎⬜︎兄さんは家近いよー。』
そういうと目の前の女子高生はにっこりと笑った。
「そうね!⬜︎⬜︎⬜︎と仲良いの?」
⬜︎⬜︎⬜︎兄さんとは、兄さんが高校に入ってからは全く遊んでいない。道で見かけた時に挨拶をする程度だった。正直、仲が良いという感覚はない。
『昔は…。でも…兄さんはもう高校生だから…。話は少しするけど…。』
そう僕が告げると
「そっかー。そうだよね。私⬜︎⬜︎⬜︎に用事があって電話したいんだけど、家の電話ホテルだから使えんから、ここからかけようと思ってるんだけど。」
目の前の電話ボックスを指差して言った。
携帯電話が普及していない時代であったから、そんな手間があった。もちろんかける先は兄さんの家電。
『そうなんですねー。』と適当に話を合わせていると、
「でも急に女の人から電話したら親とかに彼女?とか揶揄われるかもしれんから、どうしようかなと思って。」
女子高生は手振りで大袈裟に困ったふりをしていたと思う。今の僕ならさっさと電話したら?とでも言うだろうが、当時の僕は(それは困るよね…。急ぎだったら大変だなー。)と思った。
『僕が電話しようか?あ、でも、兄さんの家の番号わからないや…。』
と言うと彼女は、
「本当!?電話番号は私が知ってるから⬜︎⬜︎⬜︎が出たら代わってくれる?もし親が出たら高校の用事とか行ってくれん?」
と嬉しそうに言った。
僕は(?正直に僕だと言ってしまえば良いのになぁ…でも僕が電話するのも変だもんな。まぁ、電話だし、いっか。)くらいにしか思っていなかった。
彼女はそそくさと電話ボックスに入りテレフォンカードを入れ、番号を押し僕に代わった。
「「プルルルプルルルプルルル…」」
昼時だから誰か必ずいるだろうけど、誰が出るのか分からず少し緊張した。
「「ガチャ。はい、⬜︎⬜︎です。」」
兄さんの母親が出た。少し焦ったが高校生のふりをしながら
『あ、、⬜︎⬜︎⬜︎にぃ、、くんいますか?』
いつもの癖で[兄さん]と言いそうになった。
「「⬜︎⬜︎⬜︎はまだ高校だけど…×××くん?」」
バレた、ヤバい!焦った僕は
『あ、はい。集落の行事の予定で…電話しました…』
つい自分であることを漏らした。
「「…もしかして、誰かに電話かけさせられてない?大丈夫?」」
何かを察したようだった。焦った僕は電話をすぐ切ることにした。
『いや、、、違います、いないなら大丈夫です。』
「「!もしかして、〇〇(姉)さんがそこにいる?」」
なんでバレたんだ!?困惑しながら
『いや、居ないよー。じゃあ、ありがとうございました。』
僕は慌てて電話を切った。
「大丈夫?」
内容を察して、少し曇った顔で目の前の女子高生は聞いた。
『あー、なんか、まだ高校にいるみたいだよ?』
「そう…わかった!ありがとうね。…誰が出たの?」
『おばちゃんだったよ?』
そう告げると、彼女は少し俯いてから
「わかった!ごめんね!ありがとう!」
彼女は差し出したテレフォンカードを受け取りながら、笑いながら言った。
『ねぇ、何かあったの?兄さんと…』
「いや!ちょっとね、喧嘩してるだけだから!高校に行くわ!ありがとね!」そういうと、彼女はバイクで走り去っていって。
(喧嘩してるなら、仕方ないか…。でもなんで親が知ってるんだろう?すごい喧嘩だったのかな…何か盗んだとか?)そんなことを悶々と思いながらでも特に気にすることなく家路を急いだ。
家に帰ると母親が
「あんた!⬜︎⬜︎⬜︎の家に電話したね?!」
と剣幕で聞いてきた。僅か数十分前のたった数分の出来事でなぜバレて、そしてなぜ問い詰められているのか僕には見当もつかなかった。
『かけたけど…』
「誰に頼まれたの!!!」
『いや、、用事で、、、』
「ないでしょ!!!中学生が高校生に用事なんて!!!」
『いや、あるから!あったか電話したの!』
「本当のこと言いなさい!!!」
もう、なぜ怒られているのかさっぱり分からず逆に怒りを覚えた。
『なんで電話したらいけないわけ?いいじゃん、別に!』そう言って会話を終わらせて2階の自室に戻ろうとすると電話が鳴った。
「はい、もしもし!あ、先生。どうしたんですか?息子が何かしましたか?え、プリント?〇〇さんの家に?はい。」
…しまった。タイミングが悪すぎる。まるで全てが暴かれていくその様は喜劇のようだった。
「あんた、プリント持っていったー!?」
母が大きな声で問いかける。
『持っていったー!』
もう、元気に応えるしかなかった。
「持っていったそうです!あぁ、はい。わかりました。いえいえ、はい、ごめんください。」
電話を切る音が聞こえた。
「降りてきなさい!!!!」
母の怒鳴り声が聞こえた。
仕方がないので、全て話した。全てを聞いた母はすぐに兄さんの家に電話をかけていた。僕は腑に落ちないままでいた。なぜ怒られているのか、不愉快で仕方がなかった。ただ電話しただけなのに…。
明月曜日、学校に行くと〇〇さんに話があると言われた。そして何故かすごく謝られた。何が起こっているのかさっぱり分からなかった。また、たまたま道で会った兄さんには「すまんかったな」とだけ言われた。顔に青あざがあった。
自分の周りだけで物語が進んでいく、当事者なのに何が何だかわからなかった。
3年後。高校生になった僕はことの真相を知る。
それは、⬜︎⬜︎⬜︎兄さんの姉が学校の司書として赴任して来たからだった。元々、死んだ姉の同級生で幼馴染だったからすぐ仲良くなり、趣味の漫画などの話をしていたから⬜︎姉さんの家で遊んでいる時だった。当時のことをなんらかのタイミングで漏らした時に⬜︎姉さんは教えてくれた。
兄さんと〇〇姉は付き合っていて、兄さんの家でHをしようとしていたところを、兄さんの親父が見つけてしまった。親父さんは高校生がまだ早いと諭したらしい。そして、付き合っていることを親父さんは〇〇の父に話したらしい。親同士はそのうち結婚するのかねーなんて言っていた折に兄さんは、長男で、〇〇姉は女姉妹の長女ということで、お互いに家業を継がせたかったらしく、そこで仲違いしてしまい、家族が交際に猛反対。2人はなんとか関係を持とうとして学校で会うようにしていたが、ついには親が学校に送り迎えするようになる始末。なんとか2人の時間を作るために、あれやこれや友人を頼ったりすることで作っていたが、兄さんの方が面倒になり、別れることになったそうな。そのため〇〇姉はヨリを戻したくて電話をしたかったところにちょうど僕が家に来て僕の出身地を知り後をつけていたということらしい。田舎のロミオとジュリエットかよ!と言いたくなるような顛末だった。真相を知って呆気に取られる僕を見て、償いとばかりにドライブに連れていってくれ、2人で気晴らしをした。
今はもうない光景だろう。
電話ボックスから家電にかける情事。今は個人ですぐに連絡もできるし、拒否することもできる。きっと駆け落ちも簡単に出来ると思う。選択肢が増えたように思うけれど、多分、同じようなことはどこかで起こってるのかもしれない。
初夏に思い出す。