春愁

「あと5年しか生きられないなら、何がしたい?」

ティーカップを置いた友人が、僕の目をまっすぐ見て聞いてきた。『何?余命の話?』ときくと静かに頷いた。窓の外に映る街の喧騒の中、若い男が変わりかけた信号に急かされて足早に横断歩道をかけるのが目の端に見えた。『とりあえず、会いたい人に会いに行くかな。その後美味しいもの食べて、お酒が飲めるなら飲みながら話をして…その後、そんななんでもない日々を文章にしたい。』思いもよらないことを口走る口に僕自身が1番驚いた。目を白黒させる僕を見ながら友人は静かに頬を緩めて「あなたらしいね。」と言った。

 

遠くのマンションの灯りが消えるのを見ながら泣いた日々も、好きだった人にしがみつきながら泣いた日も喉元過ぎれば、ただの思い出。あの時の日付も雰囲気もきおくにあるけれど、時間の遠近法で事象のように熱情の輪郭だけ解像度が落ちている。それを書きたいんだと思う。今、この文章を書いている中のモヤモヤもいつかは晴れてまた、変わらないのかもしれない。