01.0 世界は美しいはずなんだって

昔コンビニで、万引する少女を見たことがある。 少女は棚を回りながら辺りを見回し、おもむろに鞄を広げてパンを1つ掴み中に入れた。瞬間、私と目があった。少女は顔を青くしながら鞄を持ち走り去っていった。その光景に驚いて、自分がどうすべきか考えて立…

モチベーションコントロール

3か月間色んな言い訳をしてサボり倒したジムに行った。生憎の雨の中、濡れた上着を片してトレーニングウェアに着替える。ただの焦燥にかられて来ただけでやる気が全くない。3か月前のトレーニングノートを見直しながらメニューを考える。間が空いたからこれ…

未来になれなかったあの夜に

放課後の音楽室で1人ピアノを弾いてた彼は、僕に気が付くと手招きしてきた。向かいの机に座ってピアノを聴いてた。鳴り止んだピアノを見ながら将来の話をした。「音楽をやれたらいいな」って笑いながら言ってた彼は数年後、東京のビルから飛び降りた。 なん…

感情を手放す方法

恋愛がうまくいかなかったからと言って、時が止まるわけではない。明日は容赦なくやってくるし、仕事はこなさなければいけない。休みをやけ酒で潰してもシャキッとして眠ろうと思うほどの理性が歳を感じさせる。 桜の花びらが散り、新緑が揺れている公園は暖…

春愁

「あと5年しか生きられないなら、何がしたい?」 ティーカップを置いた友人が、僕の目をまっすぐ見て聞いてきた。『何?余命の話?』ときくと静かに頷いた。窓の外に映る街の喧騒の中、若い男が変わりかけた信号に急かされて足早に横断歩道をかけるのが目の…

beautiful Trauma

『熱いお茶を飲めば内臓は暖まる。恋をすれば、心臓が熱くなる。いたいけなものを見れば、心の温度は上昇する。問題は、体のはしっこなのだ。触れてさすらなくては駄目。しかも、他人の手によって。』そう書いた山田詠美の物語は浮世離れしながら、でもどこ…

いつか飽きたとしても

寝落ちした寝息を聞いて可愛いなと思う。微睡みつつニヤけたら意識が混濁した。目が覚めて1番に声が聞けるだけで幸せだと思う。そんな些細なことが欲しかったものなんだと気がつく。いつかそんな日々も飽きてしまっても、それで良いんじゃないかと思うように…

1%

「おかえり」が聞こえない部屋で何度朝帰りしてもさして何も思わなかったのに、「行ってらっしゃい」だけを言われた日は部屋のドアが重い。 あぁ、僕らの周りの時間が止まればいいのにって何度も思うなんて青いなと思うから強くドアノブを回す。

五色を愁う

終バスの端の席に腰を下ろすと、少しだけ香水の匂いがした。匂いは記憶と密接に繋がってると言うが、いい思い出も、悪い思い出も選べない点においては記憶は意地悪だと思う。いい思い出の分だけ、匂いも、眺めも、音も、感触も、味も、言葉も全て鮮明でいて…

勇気あるもの

あれは多分、10数年前だったと思う。ある講演会の後に目を潤ませた彼に握手を求められた。私はただの会場スタッフだったのだが彼は目頭を押さえながら「貴重な機会をありがとうございました。」と言った。いや、私は何も…と言ったのだが彼は自身の半生を語っ…

時はすべてを連れてゆくものらしい。

煙草を開封した最初の一口目がおいしいという人がいる。煙草がもうないと思っていた時の一本が一番おいしいという人がいる。何日も何年も禁煙して吸うのがうまいという人がいる。煙草一本こんなにも価値観が違うのにエゴを押し付けるのは何だろう。 昔好きだ…

忘れられない夜を身代わりに

古い知人が亡くなった。自死だそうだ。 彼の死を知ったのは友人たちが調べて分かったことだった。沢山の困難と、苦悩を抱えてひっそりと誰にも言わずに逝った。 僕は初めて会った日の彼をよく覚えている。学校の後輩で、ヤンチャで危なっかしい人だった。 多…

明日を思うのが苦手な僕ら

春先の移動にはバスを使うのが好きだ。バスの窓から見える川沿いの桜が少しずつ芽吹いてゆくのを、暖かくなった日差しを浴びながら、橋を渡る人々を眺めて、何か昔の思い出と結びつけながら、明日に期待をする。開けた川沿いの公園から雑然と整列したビル街…

徒花のはなむけ

多分、去年私は16年の付き合いの遊敵を失った。 ずっと共に働いたが同僚と呼ぶには土足で、友と呼ぶには不道徳すぎるそんな間柄だから多分、遊敵と呼ぶのがいいだろう。お互いに辟易して2年も話さなかったり、毎時間連絡したり、そんな極端な相手だが多分、1…

色喰狂いの弔い

今朝、父を焼いてきたんです。 シャワーから出た僕に、目の前の裸の男は言いにくそうな気持を隠すようにけらけらと笑いながら言った。 「何かあったんだろうなとは思っていました」と言いながら彼の背に手を回した。 腕の中でくぐもった声で父が亡くなってか…

想偲び

友人が1年ぶりくらいにデートをしたと言う。 「すごい楽しかった。」と言う彼は居酒屋で呑んできたらしく、陽気に話した。 『よかったじゃん』と告げると「まぁ、でもこれからどうなるかわからないし、何より相手さ、前付き合ってた人6年付き合ってたんだっ…

あなただけがあなたの物語を書けるのよ。

駅の構内を歩いているときに、床のタイルが端のほうだけ黒ずんでいるのを見て不思議に思う。 人通りの多い真ん中の部分が、白く新しくも見える。人の歩かないところの方が黒ずんでいる方が本来の色なのかと見紛ってしまう。 いつかこのタイルの上に横になる…

利己的な号哭

「大阪で何してるの?楽しいの?」 3年前に18離れた従妹に聞かれたときに、 「それなりに楽しいよ。沢山の人がいるから面倒なことも多いし、お金はないけどね!」 と自嘲的に言ったことを憶えている。 私が地元を離れる数年前に生まれた従妹とは、離れていたこ…

電話ボックスと情事

中学に上がった初夏。 眩しい日差しの中、自転車で町の方にある友人の向かった。生まれ育った島は人口5000人程度。大阪の環状線とほぼ同じ大きさの島だ。町と言ってもスーパーが2件、ホームセンター1件、文房具本屋があるだけで、あとは観光業のお土産屋ばか…

好き嫌いの縄張り意識

ある人の葬儀の際に、さほど親しくなかったであろう人が嘆き悲しみ落ち込んでいる姿を見て「この人、見舞いにすら来なかったのに」と自分でも嫌なやつだと思うほどに心で悪態をつくことがあった。 1番大変な時に来なかったくせに。とか、共同事業の時も途中…

ただこの目にうつるだけでいい。

人の狂気が人を追い詰めるのは、何もそう大仰なことではなく、日常に粛々と存在していて、少しずつ蝕んでいく。 誰かに対する怒りとか、果たされない約束とか、叶わない願いとか、そういうものが少しずつ積み重なって言葉になって、人を追い込んでいく。 望…

耳を塞いで暗闇をゆく

子供の頃はとても怖がりだった。運動神経が悪いことも、街頭のない田舎に生まれ育ったことも起因すると思うけれど、得体の知れない何かがこの世に渦巻いていてそれらにとって食われることが純粋に怖かったんだと思う。 「そろそろ俺は引退しようと思うから帰…

管に血の通う音

その辺に落ちている石を拾って色を塗って、バザーか何かで売っていた妹は大学を卒業してから墓屋兼葬儀屋で働いていた。7年で辞めたが常に「孤独死は惨め」と言っていた。どんなに立派な家や墓を持っていても1人で死ぬなんて惨めすぎるから、と実家に帰った…

無題(偽の薬)

懐かしい夢を見た。 遠く離れた故郷の幼馴染みと、遠く離れた友人と近くに住む友人たちと他愛無い話をしながら食事をして、庭でただ寛ぐだけの夢。なんて事のないただの日常のような夢がどうしようもなく愛おしくて、手に入らない、過ごす事のない時間のよう…

思いが距離を越える方法

愛する人が遠くで寂しいという時、 僕は何ができるのだろう? 飛んでいく事も出来ないとき、 言葉はどれだけの力があるのだろう? むしろ、無力? 抱きしめられる距離は、触れ合える距離は、 時に大きな力になるけれど、切なさも産む。 暗い海こそ息吹を感じ…

許さないことで許したい

小学生の時に小さなすれ違いから、仲間外れにされた。私の言葉も悪かったが、そのすれ違いを悪化させたのは私の同級生の親戚の子だった。彼は私をやたらと馬鹿にした。 足が遅い、テストの点が悪い、虚弱、などと言い、彼より出来ることがあれば揚げ足を取る…

あの夜に何があったんだい?

起き上がるのも困難なくらいしんどい日がある。心か、身体か、その両方か。破れる様な頭痛の波をじっと耐えて過ごすときたまに、もうこの世の何処にも良いことなんてないような、起こらないような否定的な奇跡に耽けることがある。世界中で誰よりも自分を労…

am3:40のノスタルジア

女の友人が胸にしこりがあるとのことで話をしていたら、午前様。友人宅を後にして歩いて帰った深夜3時。人通りのない公園を通り過ぎ、高架下をくぐって近所の大病院まで来た。近道をするため、病院の敷地抜けようと、ガラス張りの病院正面玄関に差し掛かった…

今夜、どこかの街の片隅で

見知らぬ男性同士が手を繋いで歩いている姿とか、今ではなかなか見ることが難しいがクラブのキラキラとした照明の中で見つめあってたりとか、明け方にだるそうに笑いあったりそういう光景を思い出すと何とも言えない胸をいっぱいにするものがある。 「歳をと…

優しい食卓

朝が白む頃、眠りにつく僕のひとりの朝食はジャンキー。 日が昇って口にする紅茶がいつもの昼食。 仕事の合間にかじり付く夕食。 それが不規則な生活の中のひとつ。 今朝の朝食は、優しい人の手作りの暖かいお味噌汁。 その暖かさに心が穏やかになった。 誰…