色喰狂いの弔い

今朝、父を焼いてきたんです。

シャワーから出た僕に、目の前の裸の男は言いにくそうな気持を隠すようにけらけらと笑いながら言った。

「何かあったんだろうなとは思っていました」
と言いながら彼の背に手を回した。

腕の中でくぐもった声で父が亡くなってから色々あったこと、喪主になったことを笑いながら話す。空が白み薄明るくなる手前の夜、冷たい空気が彼に触れないようにしていた。

高層から見える街の明かりの中で、骨を拾った手を握った。父とつないだだろう手を名も知らぬ男に繋がれながら、無茶苦茶にしてほしいと言う。

胸を刺すなんだかわからない罪悪感に苛まれるよりも、そんな淫らな姿を支配しているような自分の狂喜に背筋が寒くなった。
擦れるシーツの音と吐息だけが聞こえるようだった。

寝息が聞こえる方を見ながら、何が正しいのか考えたが答えは出ない。
生き方やセックス、パートナーのこと、貞操感を聞いても名前は知らない。彼を知っているようで何も知らない。嘘も本当もないだろう、そんな街灯りのひとつ。

 

別れる前に「ありがとう」と笑う姿に居た堪れなくなった。それを隠すように、彼の頭に手を回した。


卑怯なほど都合よくお互いを知らないことが、ある意味救いなのかもしれないなと思う。暗く凛とした寒空の下、煙草に火をつけて息を呑む。狂喜と哀れみが入り混じった吐息を思い出しながら雪が降りそうな鈍色の明け方の雲を見て、火を消した。

人生の汀、誰かに必要とされたいのかと自嘲しながら、今夜は僕らだけの弔いだったんだろうと思うほどの大馬鹿者が僕だ。
彼は泣けたんだろうか。失うことに慣れるなんてことがあるんだろうか。彼の人生を彼の望むように壊し塗り替えたんだろうか。

 

「子もなく何も生産しない」と言われる僕らを、僕らが許さなければ誰が許せるんだろうか。責められていても、いったい誰に、許されなければいけないんだろうと、色喰狂った頭で名も知らぬ弔いをした。

 

どうしても心に何か重くのしかかる。あぁ、本当は自分が泣きたかったんだと気が付いた。傷つけるようなことはしていないが、なんだかよくわからない罪悪感を拭うために、誰かのためじゃなくて、多分自分のために泣きたかったんだと初めてわかった気がした。許されたかったのは僕自身だったんだと思った。彼の手が冷たくなる瞬間まで誰かに暖められたらいいなと、思いつつ。それは自分でないことも、知っている。